『対等』ってなんだろう??

対等ってなんだ?
対等ってなんだ?
対等ってなんなんだーーーーーーー!!!

対等じゃない!ってなんだろう?

なんだと思います??
上下関係や縦社会的な
権力や勝ち負けや奪い取るシステム??
できないことはできるようにする
ひとりでやる。とか??
支持されて動くとか??
誰かに振る
これも指示でしょ?
うげ!わからん!!

 

 

 

じゃあ単純にその反対が対等なの??

じゃあなんでもありなのか??
それも違うくない??

横並びなのはわかる
問題に対して自発的に動く
できるできないを認める
できることで
補い合うとか??

 

 

 

参加するという意思表示は姿勢に出るよね?

もちろんあーしなさい
こーしなさい
とかはないと思うんだけど
『親しき仲にも礼儀あり』
これなんか大切な気がするんだよね。

礼儀ってかしこまった作法は
できないけど
寝っ転がりながらミーティングは
しないでしょ?

なんなんだろうね?

少なくとも会議や話し合いする
という姿勢を
見せなきゃいけないんじゃないの??
そもそもが失礼よね?
そう思ってしまうわたしがいる。

やる気が見えない会議なら
やらないほうがいい。
そう思ってしまう…

わたしの中の
『べき』『ねば』が思いっきり発動する
会議は大事なものであるべきだ
参加したいならちゃんと参加するべきだ
参加すると決めたなら
姿勢や態度を見せるべき
きちんとやるべき
あーもーわたしのベキ子!!!笑

 

 

 

どうしても比較してしまう。。。

ミーティングは会議である
会議が成り立ってないと先には進まない
うまい進行にサクサクすすめてもらって
議論したら20分だって一個は解決する。

そしたら1つ前に進むのだ。

どうしても比較してしまうわたしがいる。

それはきっと
わたしの周りにはとてもとても
ハイスペックな方達がいて
しっかりわたしをサポートしてくれてる
だから比べてしまうんだ。

そうなのよ!

わたしの周りの方優秀なのよ!!
それもそれぞれができることをしてくれてて
会議はさっくさく仕切ってくれる
仕切りのスペックを持った方が周りしてくれる
子どもたちがいても
しっかり会議してるし
決まることが決まって帰る
これって相当すごいと思う。

これも対等だと思うんだよ!

だって、相手のそのままを
受け入れるとか
そんなざっくりなことじゃなくて

できるできないを
共有して認めて補い合う
これが成り立っていることが
対等なんじゃなかろうか??

ただ参加する。
参加することがゴールなのではなく
話し合って進めることがゴールなのである!!

 

 

 

対等はどうしたら出来上がる??

どんどんできるできないを見せる
できるやる!と自発的に
動いてくれる人を見つけていく
出番にするきっかけを作っていく

どんどんお願いしたらいいよね?

お願いできるできないがわからなかったら
これできる人ー?
って聞いたらいいんだよ。
そしてやるー!って言ってくれた人に
どうぞ!って任せる!
それでいいじゃん。
上はその、人に、任せることと
その人の仕事に責任を持ったらいい。
できてきたものを最後まで面倒見る。
完成するまで相談に乗るとか
できたら教えて!と見守るとか
あーわたしもできてない…(>人<;)チーン
どうしても自分ができないのにやろうとしてしまうし
責任や自分がどう見られるのかがきになって
信頼して任せる!
ができなくなってた。
いかんいかん。

 

 

 

プリーズミー対等♪

対等に見て欲しかったら対等に

見てもらえるように努力しろ!

そう思ってるわたしがいる…

努力の上に成り立つ対等ってなんだろう??

知ってもらう努力
わかってもらう努力
参加する姿勢を表す努力
思いを伝える努力
なんじゃないかな?

ただただ何もせず
そのままを受け入れてちょーだーい!
プリーズミー対等!!あはははは〜
それは対等なのか!?

あーもーあーもー
わたしストイック…
体型づくりにも
そのくらいストイックに
なれたらいいのに…(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 

 

 

努力って工夫なのかな?

わたしは伝えるための努力
わかってもらうための努力
知ろうとする努力
があって歩み寄らないと
相互理解はないと思ってる。
だって普段の会話でも
すれ違いまくるじゃない???
え?そっち?ってことあるでしょ?
一人一人受け取り方も価値観も違う
だから平行線じゃなくて
前に進めていくには
それなりに動かしていかなきゃいけないわけで・・・

それはきっと
姿勢や態度にも出ると思うんだ。
そして服装・・・
なんのためにTPOがあるの?
そこまで考えて服着てる人っていないのかな?

でも相手が仕事の後や
仕事中だったとしたら
やっぱり何かしら気を使ってもいいんじゃないかな?
とは思う。
それはきっとちょっとした優しさで
相手にとっては気づかないかもしれない
でも不快にはならないよね???
自分のせいで相手を不快にしてはいけない
と思っている私としては
やっぱりそこはきになってしまう。。。

それに会議にスウェットや部屋着で参加する人に
仕事を任せたいと思う???
わたしは嫌だ。
だってやる気ないじゃん。
スーツを着ろとは言わないよ。
ただ普通に洋服着ようよ。
人と会っても失礼じゃない格好でいようよ。
そう思ってしまうんだよね・・・

だからそこと対等って思えない私がいる。
だって不快だったんだもん。

 

 

わたしから自分へのサイン

どうしたら対等だと思えるんだろうか???
どこの世界の対等なんだ???
もう思わず悩んでしまったよね。。。

で、見つけた答えは
わたしがとことん私に対して
わたしが自分を対等に扱う
そしてどんなときも自分の価値観を大切にして
自分の快・不快を大切にする
ということ。

と、同時にたとえ失礼だなと感じても
決してわたしのことを大切にしていないからではない
ということ。
だからわたしはわたしを大切に!という
サインの一つだということ。

『対等』なかなか深い
もっと考えてみよ♫

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