チャレンジした自分、踏み出した自分への否定と肯定

イベントが終わりもう何ヶ月経ったんだ?

もう半年・・・

まだ半年。。。

なんかもっと遠い過去のような気がする・・・

1日のために11ヶ月をかけた

1日のイベントのために

11ヶ月間走り続けました。

仲間を集め

告知をし

広報活動に

各種申請業務

当日の準備

販売物の準備

まったくのど素人だから

とにかく思いつくことを

カタッはパシからこなしていく日々

毎日、なんでこれをやりたいんだっけ?

どうしたいんだっけ?

何を持って帰って欲しいんだっけ?

と自問自答の日々でした。

わたしはどうして踏み出した自分を認められなかったんだろう?

どうして『失敗』したことにしていたいんだろう???

1番の課題や問題は『お金』でした。

クラウドファンディングをしたものの

リターンや経費にいくらかかり

いくら残るのか全く想像がつかず・・・

ずっとずっと手探りで

自分でもわからなくて

周りからは計算しろと言われる。。。

でも計算なんてできない

前例もないし

実績もない

データなんて何もない

そんななかでどうやって予算を取り

どうやって計算したらよかったんだろう?

あまり高かったり

メリットのないリターンだと

支援さえされないのではなかとおもっていた。

結果的に支援は集まったが

最終的には大赤字

各所からおしかりをくらい

一緒にないてくれた方もいる

いまだにその方には何も返せていなくて

でもきちんと払いたいと伝えると

もらうべきはあなただと思っている。と言われ

号泣した。

2番目の問題は『信頼』でした

ほとんどの人は傍観者

当事者は言い出した人だけなのだ。

道無き道を作りながら進まなきゃいけない中で

本当に助けて欲しい部分は

『行動してくれる手の数』だった。

口では仕事振ってね。

というが、いざ振ると

『それはできない。できるひといないかな?』

といいだし

またあるものは

上から目線で指示を出してくる

『じゃあそれお願いします。』とお願いすると

それは一番上のあなたの仕事じゃないんですか?

とキレられた。。。

さらに毎回個人的に長文のメッセージで

ダメ出しやアドバイスが飛んでくる

さすがに限界が来て

個人メッセージは飛ばさずに

FBのグループ上でのやりとりにしてくれと懇願した。

そしたら何も発言しなくなる。

本当に勘弁してくれ。

ただ、、、

1番悪いのはわたしだってわかってた。

せっかく協力してくれるのに

集まってくれた人たちと

いい関係や信頼を築けなかった。

だから嫌われるし疎めれるし

最終的には弾かれてなにも知らされなくなった。

どうしたいいのかわからなかった。

人からお金をもらってやりたいことをやっていいの?という葛藤

私が一番だめだったのは

じぶんのやりたいことなのに

人様からお金をいただいて開催していいのだろうかと

思いながらクラウドファンディングをしたこと。

自分だけのためのお金ではないし

わたしに支援してくれる

というよりは

プロジェクトに支援してくれている

それだけ魅力があるプロジェクトなのだ

ということをきちんと把握できていなかったんだと思う

それに自分のやりたいことという意識が先行して

みんなで作っていく

という発想が持てなかった

集まってくれた人たちとうまくいかなかったのは

そのためだろう。。。

わたしには他人に歩み寄ることができないんだと思った。

クラウドファンディングは人間関係の見直しのきっかけになった

リアルに仲のいい友達はほとんどいない

FB上のやりとりもほとんどしない

そんなわたしがクラウドファンディングをした。

200名近く1人1人文章を考え

個別にメッセージしていく

いきなりメッセージが来て

支援してくれなんてずうずうしくて嫌われる

誰一人として支援してくれないのではないか

と思うからこそ

一人一人どうしたらスルーしやすくて

どうしたら失礼にならないか

どうしたら押し付けにならないか

を考えながら言葉にした

実際に支援してくれたのは90名弱

返信なんてほとんどなかった。

でもそれが当たり前なんだ。

わたしだってよっぽど心が動かないと

支援しないし・・・

ただ心無い言葉も飛んで来た

わたしがやったのは、

目標金額に達しないと購入者に返金されるシステムだった

それを見た人が

『これは購入者がばかみたいだ。』と言って来た

返す言葉がみつからなくて

ただただ悔しくて

本気で取り組んでる自分を

こっぴどく否定された気がして

本当に悔しかった。

わたしはもうその人とは会うことはないだろう。笑

人は心では何を思っているかわからない

簡単に好きにも嫌いにもなる

だからこそそれを自分にも許していい

簡単に手のひらを返され、裏切られてもいい

と同時に、そんな自分も許していいんだ。

人もお金もなくなっただから失敗だった

結局大赤字だったので

こっぴどく叱られ

激しく責められ

晒し者にされた

でもそれは当然の報いだとおもった。

そのくらい大変な失敗だったんだろう。と思う。

激しく落ち込み

このまま死んでやろうかと思った。

もう二度と挑戦しない

失敗も成功もいらない

叶えたい夢なんかない

もう何もしないからほっといてくれ

そう思った。

自分を救ったのは自分だった

わたしは妊娠中にカウンセラーの視点を手に入れていた

で、本当に家中の時にふと思ったこと

それは・・・

「あ・・・わたしカウンセラーだった』と・・・

責められるのは自分を責めてるから

だからとことん責めきってしまおう

そしてなんでも全て受け止めよう

批判も失敗も怒りも恥も

全部受け止めてもわたしは大丈夫

そう思えた。

実際に私はいきている。

今になって思うと

周りに何を言われても

もっと自分の思うようにやればよかった

という後悔がある。

自分をさすぎて

人の意見を聞きすぎた

自分の意見が人と違うから嫌われる叩かれることを

恐れて隠したんだ

でもそんなことする必要はなかったんだ。

だってどんなときもわたしは言い出しっぺで

当事者で責任者だった。

そしてまわりは傍観者だったのだから・・・

わたしが一番認めるべきは踏み出した自分

もともと人とコミュニケーションをとることが

苦手で

ずっと引きこもっているタイプで

1日だれとも話さなくても全く問題ないです!

そんなわたしが、人と関わり

大きなイベントをやり遂げた。

最後までやったんです。

その前に、踏み出したんです。

やろう!とおもって踏み出したから

仲間ができた。

クラウドファンディングも達成した

さらには何が起きても

どんな終わりでも

最後まで走りきった。

そんな自分をほめていいのではないだろうか。

少しずつ本当に少しずつ受け取って受け入れて

認めて昇華していけばいいんだ

その時の自分の感情に素直でいる。

今の私が自分のためにできること。

それがわたしの自分を愛するということ。

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