自分の気持ちに正直にいたいだけだった

自分の中に起きた

気持ち悪さ、後味の悪さ

そこに正直に動く。

そこに自分の気持ちの否定はいらなかった。

動く理由は

自分が、気持ち悪い。と感じたから

ただそれだけでいいんだ。

自分の感じたことの否定はいらない

この気持ち悪さはなんだ?

後味の悪さはなんだ?

と掘っていってもいいけど

気持ち悪い

後味が悪い

だからこうしよう!

こうしたい!

で動いていい。

理由や前提より

わたしが出来事に対して

こう感じたんだから

こう(行動)した

でいいんだよね!!

 

動く理由は

わたしはこう感じたから。

でいいんだね!!

 

 

 

 

 

こう感じた。を否定するのはどうして?

後味が悪い

気持ち悪い

そう感じたわたし。

でもこうしたら

周りにどう思われるだろうか?

めんどくさいと思われるだろうか?

迷惑なんだろうか?

黙っていればいいんだろうか??

と悶々と思考がくるくるする

それは自分の気持ちからの行動より

周りのことを気にしてるから

周りからどう見られるかが気になるから

だから正当な理由

ちゃんとした理由を探して

世間一般ではどうなのかを

探してその通りに動こうとする

で、自分の気持ちからの行動より

世間一般であろうことを行動する

世間一般であろうことと

自分の気持ちからの行動が違うからと

否定しなくていい

そして自分を優先していい

 

 

 

 

 

世間一般であろうことはどこからきた?

みんなと同じじゃなきゃいけない

という価値観?

それはいるのかな?

そもそも世間一般はいるのかな?

必要なのかな?

世間一般とわたし

を比べて

違うわたしはダメ

なんてやらなくていいんだよね!

もうやめよう。

わたしはわたしでいいんだ。

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